海谷善之さんが天国へ ワールドプロレスリングに27年間に渡って携わる
新日本プロレス中継番組『ワールドプロレスリング』に27年間に渡って携わった海谷善之(かいや よしゆき)さんが8月7日に亡くなった。1963年1月3日生まれ、58歳だった。
東京の自宅療養で一度は熱は下がったものの、容体が急変
訃報は8月18日にテレビ朝日から関係者に伝えられた。
当時、地方局のアナウンサーとしては前例の無かったワールドプロレスリングの実況担当という道を開いていただいた大恩人の海谷善之さんがコロナで亡くなられたという訃報を昨夜聞いた。
プロレス中継の主とも称される大ベテラン現役プロレス中継ディレクター。多くのレスラーや放送関係者がお世話になった方。実況の時はいつも隣で見守ってくれてた。つい先日まで何も変わらずバリバリ仕事をしていたのに、、、本当にショック。
東京の自宅療養で一度は熱は下がったものの、容体が急変したとのこと。
基礎疾患があって、いわゆる肥満体で痛風だったし、美味しいものが大好きで、最後に着信していたメールのやりとりは「鮭明太子はうまいかな〜」という趣旨のもの。肥満と糖尿病などの基礎疾患は重症化に繋がりやすいことは言われているが、本当にお世話になった方の訃報は心底気持ちが落ち込む。(2021年08月19日 大切な人の命を奪ったコロナ | 福岡市長 高島宗一郎オフィシャルブログ Powered by Ameba)
7月25日には新日本プロレス・東京ドーム大会に来場しており、大会以降にコロナ感染したと考えられる。関係者によると、本人との電話は8月4日には通じて、本人も元気だったという。直後に急変したという経緯となる。
1994年のG1クライマックスからワールドプロレスリング担当
2011年1月4日に放送された『真夜中のハーリー&レイス』によると、1994年のG1クライマックスから『ワールドプロレスリング』を担当したのだという。局員ではなくフリーランス。正式にはアドバイザーのようだが、ディレクターを含む役割を担っていた。
本人からの仕事の説明では、業界への関わりが長いため、「サポートの仕事」という言い方だった。言葉を借りると「選手とのコミュニケーションでのパイプ役」だった。橋本真也との間では“テーマの曲切り替え”のタイミングを本人にアドバイスしたエピソードも。大仁田厚と真鍋由アナウンサーが繰り広げる大仁田劇場の仕掛人との切り口で『真夜中のハーリー&レイス』では紹介された。
ツイッター内写真の左が海谷さん。
【追悼ポッドキャスト】NWA総会は、今月7日に急逝したテレビ朝日「ワールドプロレスリング」アドバイザーの海谷善之(享年57)との試合を配信開始した。試合は2011年1月4日に放送され、大仁田劇場の舞台裏や橋本真也(享年40)との交流などを語る。(番記者)#美獣 https://t.co/uCcR0YMDYg
— 真夜中のハーリー&レイス (@HandsomeRace) August 21, 2021
関係者のコメントから。
私が新日本プロレスを担当するようになってからずーっと一緒にやってきました。中継はチームです。それぞれの担当が全員師匠で仲間で戦友です。海谷さん、残念だけどとりあえずさようなら。向こうで美味しいお店開拓しててください。私がそっち行ったら連れて行ってくださいね。
— 村田晴郎 (@MTharuo) August 18, 2021
長らくワールドプロレスリングのディレクターを務めていた海谷善之さんが亡くなったという。かつて海谷さんは地上波の番組にプロレスラーを積極的に出演させていた。熱心なプロレス者で私との付き合いも長かった。スターダムの日本武道館に来場してくれたのが最期だった。謹んでお悔やみ申し上げます。 pic.twitter.com/Qc31rLSeAx
— ロッシー小川 Rossy Stardom (@rossystardom) August 18, 2021
海谷さん。現場でも、お酒の席でも、まだプロレスの仕事を初めて間もない頃からいろいろ教えてくださった。顔が広くて、いつも朗らか。新日本の後楽園大会のバルコニーでいつものように挨拶したばかりのように思ってたのに。お世話になりました。さみしいです。
— sayoko mita (@345m) August 18, 2021
海谷さんはいつもニコニコされていて、緊張感のある現場でもお会いすると安心感がありました。優しい笑顔で、プロレス中継やグルメ情報、色々なことを教えてくださった海谷さん。会場でご挨拶させていただいたのが最後になってしまうなんて、まだ信じられず悲しいです。心よりお悔やみ申し上げます。
— 元井美貴 Miki Motoi (@motoimiki) August 19, 2021
柴田勝頼「カメラのスイッチングの指示、、アレは半端なかったです」
8/25更新のプロレス&格闘技DXにおけるコラムで柴田勝頼が思い出に触れている。
たまたまカメラアングルのスイッチングの指示などをされている作業用のVTRで試合を見ていたのですが、、アレは半端なかったです。
次に選手がどういう動きをするか、何の技が出るかなどのパターンが海谷さんの頭の中にいくつもあって、中継中にそれを瞬時にカメラマンやスタッフに指示してカメラアングルを切り替えているという。
(中略)
まるで手品みたいで逆に海谷さんの指示で選手のみんなが試合をしているんじゃないか?くらいの勢いで。
関係者にとってはコロナで身近な人がなくなるという、また医療崩壊による自宅療養問題を身につまされるショッキングな出来事ともなった。
柴田のような選手たちにも慕われ、関係者からも信頼が厚かった海谷さん。ファンからは直接見えない裏方ですが、「師匠」や「恩人」と異口同音に言われる、素晴らしい人です。新日本プロレスマットや番組に果たした役割や仕事のクオリティ、そしてスピリット。それがまわりに継承され、プロレス界に生き続けていくに違いありません。
プロレス界への長きに渡る貢献をありがとうございました。天国からプロレス界を見守っていただきたいです。ご冥福を心からお祈りいたします。
8/27 9:25追記 GK金沢克彦さんが海谷さん追悼記事をUP
GKこと金沢克彦さんが海谷さん追悼記事をUPされました。ぜひご一読ください。表には出てこない功績の一端が出ています。
海谷さんこそ私のテレビ畑への道を拓いてくれた恩人なのである。#海谷善之 #金沢克彦 #ワールドプロレスリングhttps://t.co/8PtCrgqOnK
— カクトウログ📶プロレス/格闘技 (@kakutolog) August 26, 2021