1. HOME
  2. プロレスラー・格闘家
  3. アントニオ猪木
  4. アントニオ猪木死去をスポーツ新聞が一面で伝える お別れの会は後日
アントニオ猪木

アントニオ猪木死去をスポーツ新聞が一面で伝える お別れの会は後日

アントニオ猪木

1151

 日本を代表するプロレスラーであるアントニオ猪木が1日午前7時40分、心不全で亡くなった。79歳だった。続報をまとめる。
近年の猪木ショットはこちらで

前夜に対面した実弟の猪木啓介さん「苦しまずに逝った」

 アントニオ猪木死去をスポーツ新聞が一面で伝える。日刊とスポニチはここ一番の“一面から裏一面へのぶち抜き”だ。

・ 実弟の猪木啓介さん(74)は、「自分もなんと答えればいいのかわからないような。びっくりしているところです」と神妙な面持ちで話した。最後に対面したのは前夜で、「部屋に来い」と誘われたという。「何か話をするのかなと思ったんですが、口は動いていたんですけど、何を言っているのかはわからなかったです」。2人きりで40分ほど過ごしたという。

 翌朝に猪木さんが息を引き取った。「苦しんで死んだわけじゃないですから。昨日からそのままずっと朝まで寝ていましたので。苦しまずに逝ったかなと思います」と話した。

・ 猪木さんが顧問を務めるIGF(猪木元気工場)は故人の遺志で、通夜と葬儀は家族葬で行うと発表した。IGFは「関係者の皆さまと相談の上、『お別れの会』は後日、執り行う予定でございます」とした。
(【猪木さん死去】実弟の啓介さん「素晴らしい兄貴」前夜部屋で2人きり40分「苦しまずに逝った」(日刊スポーツ))

亡くなる10日前のメッセージ動画が公開される

アントニオ猪木「最期の言葉」 – YouTube

 

団体・レスラー・関係者からの追悼

新日本プロレス

全日本プロレス

プロレスリング・ノア

スターダム(テンカウント追悼)

藤波辰爾


「突然の訃報に接し、悲しみに打ちひしがれています。
日本、そして世界のプロレス界にとって猪木さんの与えた影響は計り知れません。
猪木さんの残した功績、そして人生に、心から敬意を表します。
未だ、気持ちの整理がついておりません。
猪木さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます」

「猪木さんに、バカヤローって怒られそうな気がして…。最後まで我慢しましたけど、つい、自分の本音という部分が出てしまいました。今朝いろんなところからニュースが入ってきて、最初は疑ったけど、だんだんと回数が多くなってきたから、頭の中が真っ白になって、何も手につかなくなって。今でも動揺してて、どこからどう話せばいいのか…。まだ自分がリングに上がってていいのかとか、そういう思いが出てしまいました。

(思い出は)一言で語れないくらい多すぎるし、長すぎるし、早く死んでしまった自分の親よりも長く一緒にいたので。自分は本当に幸せです。僕の気持ちの中ではプロレスのすべてが猪木さんであり、僕の人生そのもの。闘いだけじゃなく、世間一般の常識とかいろんなものすべてです。これリングシューズを脱いで、本当の猪木さんとしてゆっくり休めるときが来たのかな」
(愛弟子・藤波が急死した猪木さんへ涙のコメント「プロレスのすべてで、僕の人生そのもの」【週刊プロレス】(BBM Sports))

長州力

ハルク・ホーガン
「レスリングキャリアの半分をニュージャパンで過ごしたように思える バスに乗って旅をし、生活をした。イノキは本当にイチバンだった 安らかにお眠りください マイ・ブラザー 愛している」
(“舌出し事件”の相手ハルク・ホーガンがアントニオ猪木さんを追悼「イノキは本当に“イチバン”だった」(スポーツ報知))

武藤敬司

AD

髙田延彦

馳浩
「とにかく人生最高の思い出しかない。心からご冥福(めいふく)をお祈り申し上げる。参院選で猪木さんの秘書を務めたり、一緒に平壌でプロレスの試合をしたり、一緒にバグダッドで人質解放のためにプロレスをしたり。東京五輪の招致に成功した一因も、猪木さんからいただいた北朝鮮のIOC(国際オリンピック委員会)委員とのご縁だ」
(馳知事「人生最高の思い出しかない」…猪木さん追悼、平壌・バグダッドでも一緒に試合(読売新聞オンライン))

桑田佳祐
「土曜の夜の『燃える闘魂』、桑田“猪木さんがいたから元気になれた”佳祐でございます。
今朝、驚きました。アントニオ猪木さん、ご逝去なさいました。79歳でね。長い間、生きざまだけじゃなくて、お亡くなりになる手前、死にざままで、すばらしいメッセージをたくさんいただきまして、私にとって永遠のスーパースターでございます。ご冥福をお祈り致します。

こよいの三日月がですよ、あの人のお顔に見えてしまいました。アントニオ猪木さんが長い闘病の末にお亡くなりました。残念です。サザンオールスターズも大変あの方には、お世話になりまして、せんえつながら、猪木さんに関しては、私は親兄弟失ったような…せんえつながら、ずうずうしいですけど、親兄弟失ったような感覚でございまして。私の青春もこれで終わったような気が致します。猪木さん長い間、ありがとうございました。

もう私も66歳ですけど、猪木さん79歳。多くの私の世代の方々と同じく、ビートルズと、例えばクリント・イーストウッド、そしてアントニオ猪木に憧れて生きてまいりました。本当にまだね、心が整理できないんですけど、気持ちが。こんな日がくるなんてね。

なんか、猪木さんがいない世の中なんて、やっぱりちょっと信じられないな、って思うんですけど。猪木さんというのは強い。強いんだけど、弱いところとか、みっともないところがある。スキャンダラスなところもありながら、そういう猪木さんの人間的な器の大きさとか、色気とか、私大好きでした。今回は最後の最後まで、自分の衰えた姿を見せていただいた。いつもながらすばらしい、闘魂メッセージをいただきました。

今でも昭和のプロレス男子やっているんです。猪木イズム、闘魂イズム。やってみなきゃ人生わからないよ、っていうね。モハメド・アリ、リングにあげてね。だから、変態なんだよね。変態なの。それが好きなんだよね。発想がスタンダードじゃないんだよね。

猪木さん、月並みですけど、長い間、たくさんの夢、ありがとうございました。どうか安らかにお眠りいただきたいと思います。初めてお会いしたのは(TBS系歌番組)『ザ・ベストテン』で、82年に猪木さんが現れた時のあの感動。『猪木さん、コブラツイストかけてください』って私、バカだから。あの腕っぷしの、万力のような強さ、私いまだに忘れられません。猪木さんありがとう。ダー!」
(桑田佳祐「炎のファイター」をバックに猪木さんへの思い語る「私にとって永遠のスーパースター」(日刊スポーツ))

フリーアナウンサー・古舘伊知郎

「ぜんぜん驚かなかった。いよいよだなと思った。(9月27日にお見舞いで対面)しゃべるのがつらそうでした。ダイニングに車いすに乗って出てきたんですが『ベッドで寝た方がいい』と、ベッドの横に椅子を持って行って足をさすったり、もんだりした。寝てたんだけど、パッと目を開けて『明日、仕事早くないのか』と。猪木さんはファンや、自分を好きな人に最大限に気を使う人で口癖が『明日、仕事早いのか』だった。それが最後の言葉だった。

宿命的に何かと戦い続けてきた。最後は『病魔』と闘った。最後まで痩せ衰えた姿を全部さらして見せ続けたのは、猪木寛至を超えたアントニオ猪木の宿命だった。本当にいい顔をしていました。苦しみから解放されていた。元気な時の猪木さんを久々に思い出しました。(娘の)寛子ちゃんから、昨日電話があったそうです。周りの人と『寛子と話せてよかった』と言っていたそうです。

駄じゃれを言って人を楽しませて、いつも人に囲まれていた。その輪の中にいるだけで、僕は元気になれた。恩人です。猪木さんが、いろいろなものに挑戦するから僕も頑張れた。闘魂は輪廻(りんね)転生する。額に手を当てて『しばらく休んでください』と声をかけました。でも、アントニオ猪木が、この世にいないのは寂しい。

(1960年9月30日に大木金太郎戦で黒星デビューから)62年後、その次の日に亡くなった。それを思うと万感の思いがある。(猪木さんのベストバウトに、69年にNWA世界王者ドリー・ファンクJrに挑戦した60分フルタイムドロー)自分の実況じゃないけどね。あとはビル・ロビンソン戦、ストロング小林戦。猪木さんの先輩のヒロ・マツダさんが『猪木はどんな相手でも強く見せて名勝負をする』と話していた。でも、枕元でプロレスの話をしているとニヤッと『プロレスの話はもういいよ』と笑っていた。

(87年にプロレス実況を辞める時に)カール・ゴッチから受け継いだ実力世界一の世界ヘビー級のベルトを渡された。3カ月後に新日本のフロントからレプリカと取り換えてくれと言われたけど、駄々をこねて今でもある。『なんでも鑑定団』に出したら800万円と言われた。でも、それも誰かに受け継いでいく。闘魂と同じで、誰かに受け継がれていく」
(【猪木さん死去】古舘伊知郎「何かと戦い続けてきた」最後病魔との闘いは「アントニオ猪木の宿命」(日刊スポーツ))

「(都内の自宅を訪れて)死に顔きれいでしたよ。ここ数年の猪木さんの苦しみを時折、定期的にお見舞いに行ったりして見て来たので、猪木さん、楽になったねと本当に思いました。どこまで続くんだ、この苦しみはという感じだったので。昔の猪木さんの顔に出会えたような、きれいな顔をして、たたずんでいました」
(古舘伊知郎 猪木さん「死に顔きれいでした」自宅弔問後にYouTubeで語る(デイリースポーツ))

新間寿
「アントニオ猪木ほど素晴らしい人間はいない。これまでもいなかったし、これからも出ないだろう。たくさんの人に夢と希望を与えた。一緒にやれたことは感謝しかない。本当に寂しいね。プロレスは愛、格闘技は恋。愛は与えるものだけど恋は奪うものだから。両方できたのはアントニオ猪木しかいない」
(アリ戦“仕掛け人”新間寿氏明かす舞台裏 90億円訴訟は交渉で「チャラ」に(スポニチアネックス))

初代タイガーマスク(佐山聡)
「凄くショック。(猪木とは1、2週間前に電話で会話)声にはいつもの力がなかった。僕にとっては一生の師匠。本当に優しい人。怒られたことは一度もなかった。大きな柱を失ったが、残ったものが遺志を継いでいかないといけない」

坂口征二
「55年前に日本プロレスに入った時からのお付き合いで、新日本プロレスを旗揚げして2年目に自分が合流して、そこから一緒に新日本プロレスのために戦ってきました。猪木さんは、自分にはできないことをたくさん実現して、いつもプロレスのことを考えていて、あのような素晴らしいプロレスラーは見たことがありませんでした」
(初代タイガーマスク・佐山サトル氏「僕にとっては一生の師匠」(スポニチアネックス))

前田日明
「プロ中のプロ。(8月に出演した)24時間テレビで、体が弱っても苦しさをおくびにも出さず、最後まで“アントニオ猪木”を演じきった。驚いたし、感動した。(付き人の仕事でミスをしても)一切怒られたことがなかった。(シングルでの師弟対決は83年の1試合)今から考えると、身をもってプロレスというものを自分に伝えようとしてくれたと思う。(86年の藤原喜明戦直後、前田が猪木にハイキック襲撃)猪木さんは自分が顎を狙っているのを察知して、よけずにジャンプして首で(蹴りを)受けた。他の人にはできない」

蝶野正洋
「(新日で付き人)まだ気持ちの整理はつかないです。我々は平成を舞台にしていましたが、猪木さんは昭和を舞台にしたスーパースターで背負っているものが違っていました。それだけのオーラがあって、責任感もありました。また努力を怠らなかったのを見てきました。最後の最後までアントニオ猪木であり、闘魂を貫かれたことには敬意の念しかありません」
(前田日明氏「プロ中のプロ」 猪木さんの8月24時間テレビ“熱演”に驚き感動(スポニチアネックス) – Yahoo!ニュース)

徳光和夫
 54年前、プロレスを担当し、猪木さんのデビュー当時、馬場猪木の『BI砲』をネーミングしたのは私でした。当時から、プロレスの技術に関しては卓越したモノがあり、すぐに魅了された。猪木寛至の出現には本当にビックリした。公私にわたって、目をとじれば、思い出は尽きない。
 「24時間テレビ」に登場した時、正直ショックを受けた。あの躍動感あった、恵まれたアスリートが、見たくない現実だった。なんともやるせない中で、『また会おう』と手を握り、『分かった』と握り返してくれた時の手の弱さに、元気になってほしい、また逢いたいと思った。
 ゆえに、もしもの時があるかもとかられたが、まさか、1か月後に訪れるとは、心痛です。心より、ご冥福をお祈りいたします。
 が、本心は悔しい。もう一度、逢いたかった。
(徳光和夫 猪木さん追悼 BI砲を命名「猪木寛至の出現」回想 8月の握手弱く「もう一度、逢いたかった」(デイリースポーツ))

スタン・ハンセン
「ショックだよ。猪木さんは私のプロレス人生を変えてくれた大恩人だから感謝の気持ちでいっぱい。

(77年に新日本プロレスに初参戦。同年秋には外国人のエース格に抜てき)あの時、猪木さんにビッグチャンスをもらった。早い時期に、既に偉大なレスラーだった猪木さんに対戦させてもらえたことは忘れられない。当時、猪木さんが(若手だった私を)どのような考えで自分をピックアップされたのかは分からなかったが、それが私のプロレス人生を大きく変えてくれた。

猪木さんは常に新しい、フレッシュさを求めていた。自分も応えるように戦った。ど突き合いのファイトで精根尽きるような試合をした思い出しかない。タフで技のキレ味も鋭い完璧なレスラーだったと思う。日本で猪木さん、(ジャイアント)馬場さんという2人のレジェンドと戦えたのはレスラー人生最高の大きな宝だった。

日本のみなさんも猪木さんの死去はつらいと思うが、これからの猪木さんの存在を決して忘れないでいてほしい」
(【猪木さん死去】スタン・ハンセン氏「人生の大恩人。日本のみなさん、猪木さんを忘れないで」と追悼(日刊スポーツ))

辻仁成

国技館暴動の夜に猪木さん宅に呼ばれた田中ケロ氏「1、2、3は猪木さんのアドリブ」

 新日本プロレスで観客の暴動が起きた87年(昭和62)の12・27両国国技館大会後の深夜、猪木さんの自宅に呼ばれ、朝まで痛飲したという。「なあケロ、誰も暴動を起こそうと思ってやってるわけじゃねえんだよ」との弱音を聞き、初めて「人間・猪木寛至」の姿を見たという。

 90年2・10東京ドーム大会の試合後、リング上で初めて「1、2、3、ダァ~」を披露した猪木さん。6万人の前で「ダァ~」を提案したのはケロ氏だったが「1、2、3」は、猪木さんのアドリブだったとう。「最初は1、2、3でダァ~!という説明だったのに、よく聞くと『1、2、3〝アッ〟ダァ~!』と叫んでいる。こういうやり方があるのかと思った」と舞台裏を明かす。
(田中ケロ氏、国技館暴動の夜に猪木さん宅に呼ばれた「誰も起こそうと思ってやってるわけじゃねえ」初めて聞いた弱音(よろず~ニュース))

本名・猪木寛至から1文字を“継承”している棚橋弘至との共通点とは?

 新日本プロレス中継『ワールドプロレスリング』をかつてゴールデンタイムで放映したテレビ朝日は、1日の『サタデーステーション2時間SP』において、番組の大半である約1時間50分を使って猪木訃報を伝えた。テレ朝にとっては最大級の功労者に違いない。

 元ゴング編集長の金沢克彦氏のコメントから。
「猪木さんは、ジャイアント馬場さんと一緒にいた頃に、常にコンプレックスを持っていたんですよね。常にナンバー2。馬場さんを抜けないっていうね。その中で新日本プロレスを立ち上げて、資金もない苦しい中で、猪木さんが活路を見出したのは、日本人対決なんですよ。当時、日本人対外国人という図式が当たり前であって、日本人のトップは戦わないという不文律があったのを、猪木さんはぶち壊して他団体の大物選手と次々と当たったわけですよね。それが日本人の感情をものすごく揺さぶりましたよね」

 高島彩アナウンサーには“猪木ビンタ”を食らった経験があり、リスペクトも感じる進行だった。

 収録エピソードとしてカクトウログが聞いているのは、追悼番組ではないので、猪木さんが嫌がるであろう湿っぽいのはやめようということだったのだという。VTR中、CM中は武藤と金沢氏の雑談トークで和んだ。

 サタデーステーションには1984年の『徹子の部屋』でのくだりが紹介されていた。

猪木「今のプロレスブームというのは、ちょうど12年(前に)独立しまして、そのころは会場に行きましたら300人くらいしか客が入らなくて、割と地方へ行くと年取った人ばかりで、老人ホームみたいな感じで。俺たちが一生懸命やれば子どもが一生懸命見てくれる(ようになるはず)。なんかそんな信念みたいなものがあって」

 道場での猪木パネルを外した棚橋、訃報に際しての思い。

棚橋が目指したのはそれまでの「一寸先はハプニング」に代表されるスリリングでスキャンダラスなプロレスではなく、女性や子どもまで誰もが楽しめて「また会場に来たい」と思わせるハッピーな空間だった。棚橋のみならず多くの選手・関係者が再建に成功した新日本の会場を猪木さんに見てもらいたいと願っていたが、それは最後まで叶わなかった。
(〝脱・猪木〟で団体を再建させた棚橋弘至が猪木さんへの思い明かす「新日本プロレスは元気です!」(東スポWeb))

 常に新しいファンを迎え入れなければ業界に未来はない。ディティールは違えどプロレスへの考え方は同じ。カクトウログが目にした番組と記事からは、本名・猪木寛至から1文字を“継承”している棚橋弘至との共通のものが感じられた。



人気ブログランキング
このバナーのクリック▲で順位と更新意欲がアップします。記事が役立ったら応援を。1日1回有効。


[ブシロード▶新日スターダム
[サイバー▶ノアDDT系
[団体別▶全日GLEATWWE
[選手▶写真名鑑(週プロ)
[格闘技▶RIZIN
[応援📢高山善廣大谷晋二郎木村花

千葉県の総合格闘技ジム トライスタージム日本館

カテゴリー

バックナンバー

団体リンク

プロレス団体リンク
新日本プロレスニュース大会日程新日本プロレスワールドYouTubeワールドYouTube)/全日本プロレス全日本プロレスTV)/NOAHDDTWRESTLE UNIVERSE)/GLEAT大日本プロレスZERO1DRAGON GATEみちのくプロレス大阪プロレス2AWDRADITIONWWEWWE Network)/PURE-JLLPW-XOZアカデミーセンダイガールズWAVEアイスリボンスターダムYouTube)/ディアナマーベラス


格闘技団体リンク
UFCRIZINRINGSK-1RISE(ライズ)DEEPPANCRASEQUINTET


YouTube
📳アントニオ猪木📳長州力📳前田日明📳船木誠勝📳田村潔司📳蝶野正洋📳獣神サンダー・ライガー📳朝倉海📳朝倉未来📳永島勝司


ファイター等
日本プロレス殿堂会蝶野正洋(ARISTRIST)長州力(リキプロ)天龍源一郎(天龍プロジェクト)高山善廣田村潔司桜庭和志鈴木みのる鈴木みのる公式写真佐々木健介オフィス小橋建太 Fortune KKゆでたまご公式サイト


最新ニュース・コラム・視聴

スポナビ東スポ日刊デイリーバトルニュース週刊ファイトDropkickぼくらのプロレスプロ格DX週刊プロレスBoutRevieweFightゴング格闘技ニコニコプロレスチャンネルサムライTVCSテレ朝チャンネル大川昇アメブロ金沢克彦アメブロ井上崇宏インスタ宝島社彩図社チームフルスイング書泉グループのイベント闘道館大阪カウント2.99


新着&注目アイテム
プロレスDVDサーチプロレス本サーチ



[2022年11月24日発売! アントニオ猪木 最強の美学 The Pride of Strong Style Number傑作記事で振り返る アントニオ猪木 1987-2022]



[2022年11月5日発売! 「猪木は死んだが、あの人への想いと記憶だけは生かさせてくれ。」表紙及び特集は、アントニオ猪木。藤波辰爾、長州力、佐山サトル、中邑真輔、南川雅代(みなみかわの嫁)インタビュー。玉袋筋太郎の変態座談会は、「追悼・アントニオ猪木」連載陣は、五木田智央、鈴木みのる、バッファロー五郎A、プチ鹿島、斎藤文彦、兵庫慎司、古泉知彦、坂本一弘、椎名基樹、マッスル坂井、ターザン山本!、大井洋一、伊藤健一(敬称略)]



[2022年3月30日発売! “闘魂”を50年撮り続けた写真家の記憶と記録 【アントニオ猪木推薦】元気ですかーッ!元気があれば何でも出来る、僻地も、危険も、顧みず、素晴らしい写真を撮ってくれました!その一瞬一瞬が人生の宝になる!]



[2022年9月16日発売! 権威を破壊したアントニオ猪木と権威を追求したジャイアント馬場。新日本プロレスと全日本プロレスの存亡をかけた1792~1988年の〝リアルファイト〟を再検証]



[2022年11月18日発売! 〝燃える闘魂″ アントニオ猪木 (G SPIRITS ARCHIVES vol.3) [回想]藤波辰爾/新間寿×初代タイガーマスク[再録インタビュー集]猪木の声が聞きたい――。[検証]世界一格闘技決定戦]



[2022年10月13日発売! アントニオ猪木 追悼号 闘魂永遠 ▶闘魂ヒストリー 1943⇒2022 ▶闘魂の語り部たち 藤波辰爾 前田日明 蝶野正洋 ▶闘魂核心 猪木を読み解く出来事の真相 ▶俺たちの闘魂 担当記者の思い出コラム ▶闘魂生涯ラストメッセージ 最後のYouTubeで語った言葉再録]



[アントニオ猪木の闘魂マフラータオル/信頼のブランド、今治製タオルで肌触り抜群/金色刺繍のサインが入ってプレミアム感たっぷり/ギフトBOX入りなので、贈り物にも最適です]



[2022年12月23日発売! 1984年に新日本プロレスに入団して以来、アメリカ、全日本プロレス、WRESTLE-1、NOAHと、39年間常にトップレスラーとしてファンを魅了し、国内外の幅広い層に愛された、“プロレスリングマスター”武藤敬司の初のBlu-rayBOX!]



[2023年1月20日発売! ファン待望のグレート・ムタBlu-rayBOXがなんと8枚組で発売決定!新日本プロレス時代のテレビ朝日に保管されている膨大な試合映像の中から、ファンに語り継がれる伝説の試合やレアな試合を厳選収録!武藤敬司がムタのエピソード語る、新撮インタビューを収録!]



[2023年6月30日発売! ファン待望の武藤敬司引退ロード全試合をノーカット収録で発売決定!]



[2022年7月14日発売! アントニオ猪木が語る、50年の闘魂への思い。オカダ×坂口、棚橋×藤波、武藤×髙田などなど豪華ビッグ対談9本を掲載!]



[2022年1月17発売! プロレス入り前は、もともとアイドルだったという中野たむ。なぜ、彼女はアイドルからプロレスという真逆の世界に足を踏み入れたのか。そこに至るまでにはどのような葛藤があったのか。その真意が初めて綴られる]



[2021年10月27日発売! 伝説の名レスラーたちを、誰よりも近くで写真におさめてきた男がいる。元『週刊ゴング』のカメラマン・大川昇である。昭和・平成を彩ったスターレスラーの素顔を、プロレス愛に溢れた秘蔵写真と秘蔵エピソードで振り返る]



[2022年6月17日発売! 髙田延彦の壮大なるレスラー人生・・・その原点ともなった「新日本プロレス時代の戦い」に注目。テレビ朝日に現存するその貴重な試合映像の数々を髙田本人の新撮インタビューを交え収録]


[2022年3月30日発売! ストロングスタイルを基盤としつつ、華麗なる空中技と変幻自在な四次元殺法、そして威力抜群の打撃技で、プロレス界のみならず社会的に空前のブームを巻き起こした初代タイガーマスク。その激闘の数々を高画質で収録した、史上初のBlu-ray作品! テレビ朝日に現存する、至極の名勝負44試合(そのうちノーカット33試合)を収録予定! ※一部試合で画像の乱れる試合もあるが歴史的資料の観点から収録]



[2021年11月5日発売! 昭和期の新日本プロレス、全日本プロレス、国際プロレス、第1次UWF、ジャパンプロレスで使用された日本人及び外国人レスラーの入場テーマ曲を解説。ジャケット掲載350枚! 選曲の経緯や使用期間、細かいバージョン違いなども徹底解析!]



[2021年9月29日発売! 迷わず買えよ! 買えばわかるさ! ! アントニオ猪木自ら厳選した激闘26試合、更には猪木語録名場面集を収録した燃える闘魂 初の高画質Blu-ray BOX]

レポートbyカクトウログ

> 乗り越えて夢へ コズエン2周年座談会
> 新日本武藤招聘の裏でムタvs.中邑実現
> 猪木ベストバウトは1988年の藤波辰巳戦
> 猪木が新日本50周年イヤーに天国へ
> アントニオ猪木 24時間テレビ全発言
> カクトウログ18周年 & 毎日更新15年
> 観客数がコロナ前比56%まで回復
> 5年ぶりプロレス総選挙で何が起きた!?
> 紙テープに包まれたウナギ・サヤカ
> UDONプロレス 今夜はキングオブシコク
> コシの強いUDONプロレス 名古屋に来た
> 高木三四郎サイフェス直前インタビュー
> プロレス総選挙をテレ朝が5年ぶり実施
> 飯伏「真実からかけはなれています」
> さあパンデミック明け 新日本への期待
> 兄・裕一郎さん涙 大谷晋二郎応援募金
> 藤田和之 前田日明の前でも野獣!?
> ツヨカワ天咲光由 ミラノ先生が指導
> 田中正悟さん亡くなる 前田日明と親交
> 白の聖典(中野たむ著)ブックレビュー
> いざ愛知大会へ コズエン秘密の作戦会議
> サイン会で決起 秘密のコズエン反省会!?
> 不満消えた 東スポプロレス大賞2021総括
> 大阪超女大戦前 コズエン秘密の作戦会議
> UDONプロレス初の「読む記者会見」
> 前田日明の来歴をまとめて振り返る
> 前田日明と再会で舌好調 新間寿トーク
> 中野たむ 大阪城で天下取りの誓い
> UDONプロレス コシの強さと一体感
> 新日本プロレスがリアタイ報道を解禁
> 嫌われ者からブレイク コズエン1周年
> ノアが公式以外媒体リアタイ報道を解禁
> 西武D2連戦総括 木谷氏「反省しないと」
> カクトウログは開設17周年
> GLEAT旗揚げハラハラ感 時代に抗うUWF
> 猪木vs.アリから45年 真実を巡る旅続く
> さよならムーンサルト回収 武藤敬司飛ぶ
> 震災10年仙台大会に地震 神対応の舞台裏
> 中野たむを信じて明日に輝け 武道館詳報
> 前田日明が新日と交渉 第1次UWFの記憶
> 武藤敬司の「夢」ノア武道館を飲み込む
> AEW・新日連携への米国ファンの期待とは
> ジェイ戦列復帰 新日本というミステリー
> コズエンはあきらめない 高田馬場写真集
> 2020年プロレス大賞 3アワード比較
> 金沢克彦氏が18年半ワープロ解説に終止符
> ダブルドーム2021年ベストバウト投票結果
> 柴田勝頼 2022年“復帰”目指して始動
> 星を包み込む宇宙であれ コズエンが独立
> コズミックエンジェルズ初戴冠の日に密着
> プロレス大賞こうだったんじゃないか劇場
> 大会ベストバウト投票 年間総括2020
> プロレス大賞でノアは!? 武田氏と立ち話
> 新日本コロナイヤーを金沢克彦氏が生解説
> 内藤か潮崎か 2020年プロレス大賞展望
> あるのか前高山 山ちゃんがやっちゃった
> 宇宙旅行をアテンド中野たむ 棚橋弘至説
> 絶叫できない熱狂とコロナ副産物 G1総括
> GLEATプレ旗揚げ 田村&長州のプロレス観
> 鈴木みのる 天を指してゴッチ式の理由
> ベストバウト&大会総括 21年ぶり神宮球場
> 武藤敬司vs.前田日明トークレポート
> 丸藤正道vs.前田日明トークレポート
> 猪木酒場新宿店が7月閉店 かつて全国7店
> 金8以降世代のNJC4強こそ新日本の主張
> 『記憶の懸け橋』トークイベント観覧メモ
> 「社会的責任」ひとつの答え 新日本再開
> 小久保隆さん TJシンテーマ曲秘話
> 柴田勝頼ついに2017年4月9日を初激白
> 柴田勝頼の新日本帰還はなぜ実現した?
> 大阪カウント2.99に鈴木みのるがエール
> オカダ戦から3年 柴田勝頼の奇跡と軌跡
> コロナ禍でノア無観客試合 潮崎vs.藤田
> コロナ禍でスターダム無観客試合
> 文庫版『1984年のUWF』にカクトウログ
> 前田「ずっと猪木さんに教えてもらった」
> 船木誠勝が明かす! 柴田勝頼“秘話”
> 映画アイアン・シークで前田トーク!
> 藤田和之トーク 半生を激語り!
> シークレット結婚式!? オカダ&三森さん
> ジャイアント馬場バルに行ってきた!
> ファン集結! 前田日明61歳バースデー
> 2019年の顔は!? プロレス大賞まとめ
> 乱入でテーマ曲? 原宿で鈴木みのると
> 恒例トーク!金沢克彦氏が2019年を大総括
> 2000年の田村潔司 武道館にUWFのテーマ
> 四十にして惑わず ザ・レスラー柴田勝頼
> アウトサイダーが1年2か月ぶりに復活!
> 新日への質問も!ブシロード株主総会
> 台風19号で新日本プロレス道場が浸水
> 闘魂SHOP“旧店舗”メモリアル写真集
> 台風被災の長野でオカダがボランティア
> ライガーvs.鈴木みのる衝撃と座礼の意味
> 教えてよ鈴木みのるは何故探し続けるの!?
> 柴田勝頼20周年DVD“隠しトラック”
> 新日本プロレスが年商54億円 過去最高
> 劇場上映会ゲストでライガー激語り
> 五輪イヤー30回目「G1」は秋開催
> 柴田20周年DVDのジャケ写公開
> 俺たちの鈴木みのる&オカダ!
> TAKAYAMANIA第2弾でプロレス大同団結
> 藤波vs.前田 マルキュー感謝祭トーク
> 柴田勝頼が2年4か月ぶりリング躍動!
> 柴田「今まさにつくってる」20周年DVD
> 柴田勝頼、生存率18%以下からの咆哮!
> 新日親会社ブシロードが東証マザーズ上場
> 三沢光晴“最後の対戦相手”に向けた手紙
> 平成を代表する日本人プロレスラー発表
> 平成最後に猪木・藤原・前田・船木が集結
> 平成最後の猪木リングイン! 藤波と対峙
> 鈴木みのる パイルドライバー1枚の写真
> 「BI砲」の歴史! 馬場没20年追善興行
> マスターズ前田日明! 藤波・長州と対峙
> 「カウント2.99」8周年!金沢克彦トーク
> ナイキTシャツ! 柴田勝頼サイン会
> 橋本真也のお墓参りに行ってきました
> G1決勝直前! 柴田勝頼との会話
> ラスベガスファイトショップ店員と立ち話

> 高山善廣を応援 TAKAYAMANIA
> 週刊 前田日明
> 週刊 柴田勝頼