小久保隆「シン入場をイメージして音作り・・・出来合いの曲とは効果が違う」
小久保 : 意外とやってる方は気付かないんですよ。僕の今の音楽活動は「癒し」系の方に寄っていて、色々なメディアでもそっち専門のミュージシャンとして紹介される事が多い。だからそんな僕が緊急地震速報なんて正反対なものを作っているという取り上げ方をよくされるんだけど、僕にとってはそうじゃないんですよね。全く同じなんですよ。
コブラ : ほう!
小久保 :この世の中みんなが抱えているストレスをフリーにするような、人と音の関係性がどうあるべきかを考えたら癒しの方に行ってるだけの話で、例えばシンだったらこれから何が起こるか分からない恐怖を作るにはどういった音が必要かという結果であり、緊急地震速報だったらここで覚醒して次のステップに移せるようにするためのソリューションなんです。つまり、どれもこの社会が何を音で求めているかの答えでしかないんですよ。
コブラ : 癒しであれ緊急事態であれ、人の心に訴えかける音である事に違いは無いというわけですね。
小久保 : そうです。だから自分が癒し音楽の専門家だとは思ってなくて、人がいて社会があるという環境の中で、どういった音のデザインや音楽が一番リラックス出来たりテンションを上げられたりするのかという「音の機能性」をトコトン追及した結果でしかないんですよ。今の世の中がそれを欲しているから作っているんで、今がこういう世の中じゃなかったら僕はこういう音楽を作っていなかったと思います。
コブラ : 小久保さんが「サーベル・タイガー」を作曲されたのは24歳の頃ですが、今改めてお聞きになっていかがですか?
小久保 : 構成が稚拙だなあと(笑)。例えば普通の曲って、イントロから始まってA、B、Cくらいまでパートを作るべきなんだけど、あれBまでしかないからねえ。
コブラ : でもレスラーの入場って時間にすると短いですし、その短い中に全てを注ぎ込むと考えたら、プロレスのテーマ曲としては間違った構成ではないと思いますよ。ある曲のひとつのパートだけを延々リピートするというケースもありますし。
小久保 : そうなんですか。でも作曲家としては「こうすれば良かったなあ」とか思いますよ。
コブラ : では機会があれば、是非「サーベル・タイガー2020」をお願いしたいです(笑)。
小久保 : (笑)。いや、あの音は今はもう作れないと思いますよ。
コブラ : え!それはどういう事ですか?!
サーベル・タイガーは幻の曲!? アナログ・シンセサイザーによる奇跡
小久保 ; タタターンて上がった後、ヒューン、ヒューン…って下がるところあるでしょ。あの音はKORG 800DVというシンセサイザーでしか作れないんです。あれは緊急地震速報でも使っているスウィープ音という種類の音なんだけど、「サーベル・タイガー」のあの音に関してはKORG 800DVの「ディレイ」と「ベンド」というコントローラーを使っていて、他の機種にはそれに当たるツマミ(コントローラー)が無いんです。
コブラ : 今は作れないという事は、そのKORG 800DVという機種は今は存在しないと?
小久保 : そうなんです。そもそも機種の違いだけでなく、どんなにデジタル技術が進んでも、当時のアナログ・シンセサイザーの音は独特の艶(つや)がありますから。
コブラ : どんな最新鋭の機種でもあの音は出ないと…まさに当時しか作れなかった幻の曲だったわけですね!
小久保 : 何年か前に手放しちゃったんですよね。だからどこからかまた探してこないと「サーベル・タイガー2020」は作れないんですよ(笑)。この曲については、このスウィープ音に命かけてましたから。
コブラ : 確かにあの部分が恐いですよ。緊急地震速報のように「逃げなきゃ!」ってなります(笑)。
小久保 : 別にその時はそんな理論構成持ってなかったけど、今考えるとあのスウィープ音で煽っていたのかなあ(笑)。
コブラ : そのスウィープ音が40年の時を経て、プロレスファンだけでなく日本国民の安全を守るために鳴り響いているって凄い事ですよね。
小久保 : そういえば、タイガー・ジェット・シンて今どうしてるんだろうと思って色々調べてたら、シン本人も自分のテーマは「サーベル・タイガー」だとちゃんと認識しているんですよね。
コブラ : そうなんです。シンと交流のあった、ツイッターの私のフォロワーさんによると認識しているどころか、とても気に入っているそうですよ。
小久保 : 作曲者として、それは本当に嬉しいですよ!
■小久保隆(こくぼ・たかし)
1956年生まれ。環境音楽家、音環境デザイナー、メディア・プロデューサー、株式会社スタジオ・イオン代表取締役、放送大学非常勤講師。「ウィー、ウィー、ウィー」の携帯電話緊急地震速報のアラーム音や、電子マネー「iD」のサイン音、ドコモのメロディコール初期楽曲などで知られる音環境デザイナー。