谷口周平「すっきりした気持ちも」 葛藤のうえ決断1・10後楽園引退
4日の『LINEヤフー presents N-1 VICTORY 2026』国立代々木競技場第2体育館大会から一夜明け。ノアが5日、記者会見を行った。
ラストは2試合。丸藤正道「遠慮なく闘いたい人、組みたい人、呼びたい人を会社に伝えて(ほしい)」
代々木大会でマイクを持ち、自らの引退を発表した谷口周平。会見では残り2試合の日時と場所が明かされた。対戦カードはこれからの検討となる。
両足首の怪我(変形性関節症)と付き合いながら現役継続という選択肢も谷口は「考えましたけどちょっと、これ以上は付き合いきれないというところになったので」と葛藤の存在を明かす。一方で「ただみなさんの前で試合できなくてもやもやしていたのでスッキリした気持ちも」と率直な思いも。本人と一緒に登壇した丸藤正道は「遠慮なく闘いたい人、組みたい人、呼びたい人を会社に伝えて(ほしい)」とメッセージを送った。
■谷口周平引退記念大会 in 倉吉 〜LAST WYVERN〜
日時:2026年12月10日(木)18:30
会場:鳥取・倉吉体育文化会館
※谷口は鳥取県倉吉市出身
■谷口周平引退 LAST WYVERN FINAL
日時:2027年01月10日(日)18:30
会場:東京・後楽園ホール
谷口周平 きのうはたくさんのご来場をありがとうございました。発表したんですが、発表後も観戦していまして、すごい試合ばかり。気合いを入れて引退試合に臨まねばという気持ちになりました。
丸藤正道 きのうタニが…僕ふだんタニと呼んでるんで、タニと呼ばせてもらいますけども、タニが引退発表しまして。彼の入門テストというのも僕が見たんですけれども。あまりテスト内容としては思わしくない内容だったんですけど。その時に杉浦(貴)選手が『彼はポテンシャルがあるので、ぜひとも入れてあげてください』ということで、それでタニが入ったんですけども。彼もひじょうにがんばってやってきて、いろんな試合をして、その中で自分で引退というタイミングを決めたというのは、僕はやっぱりプロレスラーっていうのは、自分がプロレスラーになることと引退するということを自分で決断するというのは、一番いいことだと思ってるんで。惜しまれる声がたくさん聞こえるというのは、彼ががんばってきたことと、彼のふだんの人間性みたいなものをみんなわかってての声だと思うので、彼が最後突っ走るその姿というのを一生懸命みんなで応援してくれたら嬉しいなと思います。いま見てもわかるように、彼、とても“緊張しい”なので、本当に遠慮がちな人間ですけども、今回2つ試合が決まったということなので、ここは遠慮なく自分が闘いたい人、組みたい人、呼びたい人を会社に伝えて、最大限の力で彼を送り出してあげたらいいんじゃないかなと思います。
いつごろから引退を考えたか。
谷口 昨年末にコンディションが悪くなってそこから気持ちと体のバランスが取れなくなって、年末年始にかけて。
決断にあたっての葛藤はあったか。
谷口 このまま終わってもいいのか、ただ日常生活に支障が、という葛藤がありました。
変形性関節症、怪我と付き合いながら現役という選択肢は考えたのか。
谷口 考えましたけどちょっと、これ以上は付き合いきれないというところになったので。
実際に発表してさびしさは。
谷口 あります。ただみなさんの前で試合できなくてもやもやしていたのでスッキリした気持ちも。
思い出となると。
谷口 いろいろあるんですけど、同期の仲間を思い出します。報告して引退しているのは僕だけなんで、やり切ったのは自分だけなのかなと。
やってみたい相手。
谷口 できれば同期と言いたかったんですけど、もういま誰もいないんで。自分が入門したころにいらっしゃったま先輩方ととやりたいという気持ちです。
マイバッハ谷口という選手は現れそうか。
谷口 いまのところはまったく。
決断した際に誰かにアドバイスを求めたのか。
谷口 家族には相談しました。選手には事後報告になりました。7~8月。
引退までの過ごし方は。
谷口 最後までやり切る気持ちでやっていきたい。





















