PACさん死去40歳、前日にAEW王座戦 ドラゴンゲート、WWEでも観客魅了
プロレスラーのPAC(パック)として知られるベンジャミン・サタリーさんが死去した。40歳だった。AEW(オール・エリート・レスリング)が9月27日(現地時間)に発表した。
(記事アイコン写真はAEW公式より)
重力に忘れられたハイフライヤーとして世界を席巻 アドリアン・ネヴィル時代にはWWE・NXT王座も獲得
死因など詳細については、現時点で明らかにされていない。
あまりにも突然の訃報だった。サタリーさんはその前日、9月26日に米イリノイ州で開催されたAEW「ALL OUT」に出場。アンドラデ・エル・イドロが保持するAEWナショナル王座に挑戦し、惜しくも王座奪取はならなかった。
翌日に届いた突然の知らせ。AEWは公式声明で、ニューカッスル・アポン・タイン出身のサタリーさんが2004年にプロレスラーとしてのキャリアを開始し、世界各地の団体で活躍したことを紹介。「革新的な空中技」と卓越したリング技術でファンを魅了したレスラーとして、その功績をたたえた。2019年にAEWと契約して以降は複数のタイトルを獲得し、同団体を代表するレスラーの一人として数々の名勝負を残したとした。
PACのキャリアを語るうえで、日本での活躍も欠かせない。
イギリスでキャリアをスタートさせたサタリーさんは、アメリカのPWGやROHなどにも進出し、日本ではドラゴンゲートに参戦。空中を自在に舞うハイフライヤーとして存在感を放ち、オープン・ザ・ブレイブゲート、オープン・ザ・トライアングルゲート、オープン・ザ・ツインゲートなどを制した。
2012年にはWWEと契約。NXTでは「アドリアン・ネヴィル」のリングネームで活動し、NXT王座やNXTタッグ王座を獲得。その後、メインロースターでは「ネヴィル」としてクルーザー級戦線でも活躍し、WWEクルーザー級王座も手にした。
2018年にWWEを離れると、再びPACの名前でドラゴンゲートに復帰。さらに2019年にはAEWへ。ペンタ・エル・ゼロ・ミエド、レイ・フェニックスとの「デス・トライアングル」などでも活動し、AEWの歴史を彩る存在となった。AEWでは初代インターナショナル王者、AEW世界トリオ王者などの実績を残している。
「The Man That Gravity Forgot(重力を忘れた男)」とも称されたそのファイトスタイルは、トップロープからの華麗な飛び技と、スピードだけに頼らない緻密な攻防を兼ね備えていた。AEWは「サタリーの家族、友人、そしてファンに心より哀悼の意を表します」とコメントしている。
40歳。長く続くはずだったキャリアは、あまりにも突然に幕を閉じた。前日にリングに立っていたPACの姿は、世界中のプロレスファンにとって最後の記憶となった。心よりご冥福をお祈りいたします。




















