ノシ歩いたはずなのに信用を得た男 髙山善廣評伝著者インタビュー前編
2024年9月3日、髙山善廣は自らを支援する大会で、車椅子のままリングに上がった。自身の足で立つことはできなかったが、2017年5月4日の負傷から7年4か月を要してここまで漕ぎつけた。プロレス界の帝王がさらに歩み続けられるよう、支援活動TAKAYAMANIAは『髙山善廣評伝 NO FEAR』とともに加速する。著者・鈴木健.txtさんインタビュー前編。
(20日、カクトウログによる取材)
いまになってわかるのは、戦績・実績ではなく功績だったんだなってこと
カクトウログ 髙山選手の負傷報道(試合中に頸髄完全損傷)が2017年にあったときのボク自身の動揺を今でも覚えていまして。ちょっと「何をすればいいんだろう」って途方に暮れたところがあったんです。マネジメントをしていた石原真マネージャーにメールを出したのかな。何もできないくせに「募金するならサイト作成を手伝います」と勝手に申し出て(既に進行していたためカクトウログの関与はなし)。ただ、そのときのことを覚えてくださっていたのでしょうね。2024年の(髙山支援の)TAKAYAMANIA EMPIRE大会ではリングサイド撮影もさせていただいて。
鈴木健.txt あ、面識あるのですね。

カク 長尾迪カメラマンが髙山選手のチャリティー写真展をされた際に、石原マネージャーに直接挨拶もさせていただいて(以降も何度か連絡など)。ただ当時のことを思うと、髙山選手をバックアップしていく体制は続くのだろうかとか、そういうところもひっくるめてすべて不安ではありました。健さんもそうですが、本当に「その周りの人のまま」に進んでいる印象がありますね。
鈴木 だから本当、みんなそうですよね。もちろん(このインタビューのカクトウログ聞き手)サカイさんもそうですけども。たぶん最初に動こうとした初期衝動、そのまんまじゃないかなぁと。
カク はい、そうなんですよね。
鈴木 変わらないですよね。だいたいプロレスをずっと見続けると初期衝動ってだんだん薄れていくものですけども…見慣れちゃったりとか、あるのが当たり前だったりとか。今回の場合、ないですからね。それだけのものを髙山善廣は人に与えていただろうし、人とそういうつながりを築いていたんだろうなぁと思いますよね。僕のようにめちゃくちゃ濃厚な関係性じゃなかった人間でさえそうなんですから。濃厚な関係性だった人はもっと強固なもので、この8年間ずっと同じ意識で支援続けてきたんだろうなぁと思います。
カク おっしゃる通りだと思います。薄れない関係性があるんだろうな、これだけ継続してることは…っていう想像はあったんですけど、今回の本で「裏づけ」が読めたというか。
鈴木 裏づけですか。
カク 髙山善廣選手だったり、盟友である鈴木みのる選手だったりがどうやって既存のプロレス界の中の序列をひっくり返していったかとか。あるいはこう「団体の中」だけでやっていたプロレスっていうのとはまた違うことを始めたわけじゃないですか。生みの苦しみというか、野心。それが生々しく書かれていて圧倒されたっていう。
鈴木 なるほど。
カク それが正直なところですね。
鈴木 それは時間が経ってから気づくことですね。当時は当たり前に「髙山善廣が活躍してるなぁ。PRIDEからノアから新日本まで上がって」と、戦績・実績として実感してる時代だったと。いまになってわかるのは、戦績・実績ではなく功績だったんだなってこと。
カク なるほどですね。
鈴木 おっしゃった通り、その道のパイオニアじゃないですか。まぁ、その前にね、武藤(敬司)さんがBATTっていう団体を超越したユニットをやりましたけども、またそれとは違うアプローチで。本当にもう団体の垣根を超えて、本当に格闘技に押されていた時代に、プロレス界全体がもう髙山善廣に託したんですよね。あの当時ね。で、ちゃんとそれに答え切ったという。金沢(克彦)さんがおっしゃられていましたけど、あの当時の新日本プロレスの「外敵エース」だった。当時はあんまりそういう言われ方はしてなかったんですよ、実際。普通に「外敵」っていう感じで。「エース」って言われ方は当然してないし。たぶん思ったとしても新日本の所属じゃないから、それをエースって言い方するのはどうかなっていうふうにもなってた時代だった。けどいま時間が経つことによって、それをちゃんと言えるようになったじゃないですか。
カク そうですね。
鈴木 いま思うとあのときの新日本プロレスのエースは髙山善廣だったと。そりゃそうですよね。復活NWFを獲って、IWGPも獲って、あれだけ活躍して。そのころはまだ棚橋弘至・中邑真輔世代が育ち切ってない時代だったわけで。本当に「もうちょっと待たないとその世代が育ってこないよ」って一番のエアポケット状態の中、いちばん体張ってたのが髙山善廣だったっていうのは、本当にいまだから気づくことであって。今回はもうほぼほぼ、僕は足跡をなぞったわけですけども、いわゆるWikipedia的な、そのまま足跡が書かれているものに結果的にならなかったなと思って。意図してそうやったわけじゃないですけども、いろんな人の話を聞いた上で足跡を振り返ると、その人が見たものがそこに投影されるから、見た人それぞれのそのパーツが入った。これ本当に、できてみてそうなったなって感じだったんですよ。
カク ストーリーをなぞるっていうことじゃなくて、まぁトークイベント(3月15日)でもおっしゃられていましたけど、証言の「濃さ」が薄まらないように編集されたっていう言い方をされていて。
鈴木 はい、そうでしたね。薄まってしまったら、ちょっとまずいなって思いましたよね。せっかくそれほどのものをちゃんと(証言者が)出してくれて。中にはやっぱり思い出すのが辛い内容とかもあるわけじゃないですか。それが薄めるっていうはちょっと…書き手の力量としてどうかなっていうのがありますし。
今回の本がTAKAYAMANIAの興行に共通しているように感じるというか
カク それに絡んで(鈴木健txt.さんがかつて在籍した)週刊プロレスの手法というか、「インタビューの羅列にはしない」みたいなことおっしゃってたんですけど、薄めずテンション高いまま読者に届けるっていうのは週刊プロレスのときから意識されていたことなんですか。
鈴木 それは…いや、意識はしてないですね。そこまで僕プロ意識がなかった(笑)。
カク そうですか、その当時は。
鈴木 ええ、それはいまだからですね、それはね。あのトークイベントでは僕、週プロ的手法と言いはしたんですけども、ガッチガチに週プロスタイルでは今回はもちろんないわけで。週プロ退社してもう何年も経ってるわけだから、ましてや今回は「書籍」ですから。メディアとしてのやっぱり位置づけも違うじゃないですか。ただ物語性は持たせたいなぁと思って。(佐々木)健介さんと小橋(建太)さんと3人との関係性とか、藤田和之選手とPRIDEで闘うときとか。その時代その時代に髙山善廣が描いた物語を集めたような感じ。そういう感覚ではあるんですけど。読んだ人によっては、これ証言集ってなってるけども、純然たる証言集かっていうとなんかそうでもないんじゃないかなぁみたいなとこがあって。たぶんそれは物語性が色濃く出てるからだと思うんです。
カク なるほど。
鈴木 ただどっちがいいか。証言集って謳ったんだから本当に証言集100%そのものにしなきゃダメだろっていう受け取り方ももちろんあると思いますし。ただ今回に関しては、書いた結果、まぁそうではないもの(物語性の濃いもの)になったかなと思います。それがいいか悪いかは、本当に読んだ人それぞれなんで。
カク すごい新鮮でしたね、あの構成自体が。別冊宝島方式の〇人の証言に慣れすぎてるのかもしれないですけれど、1人1人が分かれたやつを読む方が買う人もプレミア感をわかりやすく感じるし。でもそれをあえてしないところにすごい、なんかこうポリシーを感じたなという気はしましたね。
鈴木 当初の出版を検討する段階で、インタビュー集という話はまったく出なかったんで。もうああいう書き方するってのは最初から、編集担当者と僕の方で当たり前にあって。その中で書くとしたら、そのときそのときにあった上質な作品をいまの時代に蘇らせて、いまの時代のファンに知ってもらいたいというのがあったんです。それは意識しました。物語集、作品集にはなった気がします。作品を17人の方、それぞれの目線で喋ってもらったと。僕一人の作品にするとすごい薄っぺらいものになったと思うんで。「濃く」するために17人の方の力を借りたと。
カク なんて言うのかな。たぶん証言集って登場する選手、あるいはライターの競い合いみたいなところが。
鈴木 そうですね。
カク そういうのが多い中で、なんかこう、今回の本がTAKAYAMANIAの興行に共通しているように感じるというか。鈴木みのる選手に言われたことで「みんなが髙山のための興行を意識している」と。
鈴木 はい。
カク 意識してやってるからすごい感動するものができていると。そういう姿勢で今回、取材された方も参加したんじゃないかなと。
鈴木 そうだと思います。本当にTAKAYAMANIA EMPIREは特別な空間で、自分以外の誰かに対しての思い入れで、その日の全部が動いてると。試合に関しても何に関しても。もちろん勝負事だから相手に勝ちたいし、いろいろ動いて、技を出してってやるわけじゃないですか。けど、それ以前の前提として髙山善廣のためにっていう共通認識があるわけですよ。全員に。それってなんか他にない。これちょっと、例としては適切じゃないかもしれないですけど追悼興行だったら、その亡くなれた方に対する思いっていう感じでやるんでしょうけれども。これはもう、髙山善廣頑張ってくれ、応援してるぜ、髙山善廣のために俺は闘うぜ…みたいな、すごくポジティブな思いじゃないですか。そのポジティブな思い、前向きな思いで、その場にいる全員が統一されてるんで。本当に他にない空間で、あのEMPIREっていうのは奇跡的な空間ですよね。

カク やってる側のレスラーには、髙山善廣がつくった時代のプロレスを見せたいという気持ちがある。その一方で、髙山善廣選手本人に「これを見て楽しんで」っていうところも感じます。
鈴木 そうです、そうです。みのるさんもそこ、すごく意識してやってると思うんですけども。やっぱり今のあのプロレスを髙山善廣に見せたいっていうのがあって。これまではわりと、帝王と直接の何かしらの関係性がある選手たちに出ていただきましたけども、当然これずっと続けていく中で、そういう人たちも中には引退する人も出てくるでしょうから。これからは直接的な縁はないけども、今のプロレスを体現するようなプロレスラーを髙山善廣に見てもらうっていう。あの場がだんだんだんだん、これからなっていくとは思うんですよね。別に「次から」っていうふうに決めてはいけないんですけども、徐々にそういうふうになっていくんじゃないかなって。いまのプロレスを髙山善廣に見てほしいんで。あれだけね、プロレスラーである前にプロレスファンな髙山善廣なわけですから。プロレス大ファンである髙山善廣に、この令和の時代のプロレスを見てもらって、感じたことも何でも言ってもらってOKですので。それがあると出る人たちも励みになるじゃないですか。
カク そうですね。
鈴木 髙山善廣に自分の試合を見てもらうことで、何かしらの意識がやっぱり働くでしょうから。
カク プロレス界って盛り上げることが難しいジャンルだと思っていて、いやもちろん大谷翔平もすごいんだけど、まぁ「記録的なこと」をすれば盛り上がるじゃないですか。でもプロレスってタイトル防衛するだけとか勝つだけとか、それだけじゃ盛り上がらないんですよね。
鈴木 うんうんうんうんうん。
カク 試合に込めた創意工夫だったり、生き残る気持ちだったり。そういうのが髙山善廣選手に詰まっていたんじゃないかなと。ちょっと読みながら思いました。
鈴木 そうですね。本当に数字とか記録とはまた違う価値観ですよね。気持ちとか思い入れという言われ方をすると思うんですけど。その度合いがプロレスっていうジャンルは濃いわけですから。どうなんでしょうね。これは別にプロレス界だから偉いってわけじゃないですけども、支援にまでつながっているというのは髙山善廣という人間の力、人間力ですよね。これは常に思いますし、17人の話を聞いてるときも思ったことで、この人たちがここまでのめり込むことができる、のめり込ませる髙山善廣ってどんだけすげぇんだろうっていう。IWGP獲ったのもすごいし、三冠獲ったのもすごいし、GHC獲ったのもすごい。もちろんそれはすごいんだけども、そことはまた別次元でのすごさ、すごみを17人の方の話を聞いてて毎回痛感させられるという感じでしたね。
第1章にあった挫折は重要なんですよ。髙山善廣の見方がぜんぜん違ってくる
カク そうですよね。あと思ったのが、そんなにすごいことをやった髙山選手なのに、けっしてエリートではないっていうとこですね。
鈴木 ねぇ。ぜんぜんエリートじゃないですもんね。
カク そこがあらためて衝撃でしたね。
鈴木 やっぱり第1章にあった挫折は重要なんですよ。あれを知ってると知らないとでは髙山善廣の見方がぜんぜん違ってくると思うんで。あれを知らなかったら、2メートル近い体に恵まれて、Uインターで頭角を現して、全日本行って、そっから実績重ねてメジャータイトル全部独占して…もう順風満帆にしか見えないじゃないですか。けど実はその前にあれほどの挫折を味わって。1週間かそこらでもう旧UWFも逃げ出してしまって、親にも「それ見たことか」って言われて。本当に自分の存在そのものを否定されたような中から、そっから宮戸(優光)さんっていう導く人がいたからってのもありますけども、自分の判断でもう1回やってみようと思えた。あそこでもし「もう1回やってみよう」って自分が思わなかったらこうはなってないわけで。
カク そうですね。
鈴木 そこで「もう1回やってみよう」ってなったとこで、やっぱ運命が変わったと思うんですけどね。あの第1章にあった挫折の重要性ですよね。
カク 挫折している期間に、社会人としての心構えなのか…ライフセーバーとかやったり他のことを経験したからこそ髙山選手の人間的な確立っていうのは、もしかしたらあったのかなと。
鈴木 これはまったく僕の想像なんですけども、1回挫折したことによって、たぶん髙山さんって「他人に対して優しくなれた」と思うんですよね。
カク なるほど。
鈴木 それまでぜんぜん優しくなかったというわけではないんですが(笑)、自分以外の人間の存在を考えられる人間になったと思うんですよね。自分が負い目を持っていると、人に対して強気に出れないもんじゃないですか。「1回、UWFで逃げた自分が…偉そうなこと言えないし」ってなるわけでしょ。そこでたぶん自分を見つめ直して。そのタイミングで社会人に1回なって。社会に出て、営業部署に入ったらしいですけども、営業部員としてはぜんぜんダメダメだったらしいんですよ。そこでまた「俺ってなんて使えないんだ」ってなるじゃないですか。それで他人に対して威張るわけにもいかないんで。UWFでの挫折、あと社会人になってからの自分の至らなさ、力のなさみたいなのと向き合ったことによって、他人への向き合い方を考えたのではないかと。そこは大きかったと思うんですよね。
カク (聞き入る)
鈴木 金原(弘光)選手であったり宮戸選手が(髙山を)「新人だけど大人だったんです」って言って。まぁそれは社会人経験してるから、あるいは年齢がいってるから大人だったってところもあるんですけれど、社会人になったからって必ずしも全員が全員そうじゃないわけで。社会人になる前の挫折が大人にさせたんだと思うんですよね。だからすべてが、髙山さんの判断って「大人の判断」に基づいていて。もちろんプロレス界の帝王として我が物顔でノシ歩くキャラクターではあるんですけども、我が物顔でノシ歩く中にも、ちゃんと他者との距離感とか、他者への理解とか。そういうところがあってのノシ歩き方なんです。だってそうじゃなかったら、あんないろんな団体ね、出れないじゃないですか。信用がないと出てないわけだから。信用されてるってことは、ちゃんとその他者との距離感を適切に取れてた人なんですよね。それは社会人経験したのもあるけど、実はその前の社会人経験する前のあの挫折ですよね。
カク はい。
鈴木 もっと遡ると、ちっちゃいころに喘息で悩まされたりとか、お母さんに面倒見てもらうわけですけど、他人の助けを得てたんですよ。他人の助けを得るって本当はとても重要なことで、助けてもらわないと、助けてあげることの大きさとか、ありがたみってわかんないじゃないですか。挫折って、人によってはネガティブに受け取り方になるんでしょうけども、本人のやり方次第でぜんぜん、それをポジティブに持っていけるんで。これがまたネガティブをポジティブに変えるっていうのは、まぁプロレスならではの。
カク 確かに。
鈴木 プロレスならではのものじゃないですか。(アントニオ)猪木さんもネガティブパワーっていうのでね、時には暴動とか起きるけれども、それを絶大なるポジティブに逆転させたりとか。髙山さんっていうのは本人が意識してない中でも、生い立ちからジャンルに合った、ネガティブをポジティブに変えるっていうのをずーっと経験してきた人なんだなって。
「新闘魂三銃士の面倒を見ていた」と思えるほどの深い意味でのプロレス愛
カク もういま時点で濃いインタビューになっていて。
鈴木 そうですか。
カク ぜんぜんここまでで記事にできそうなんですが、あのときの新日本プロレスのエースだったっていうお話がありました。最近の新日本はちょっとお客さんの数とか足踏みしてたりして、あれだけ潤沢な次世代選手がいるのに突き抜け切れないじゃないですか。髙山選手が生きた時代とどう違うんだろうと思ってたら、「新闘魂三銃士の面倒を見ていた」というか。
鈴木 うんうんうんうん。
カク 本気で「お前らちゃんと突っかかって来い」ぐらいの、まさにエース的なふるまいがあって。もちろんこうしたものは、中邑真輔選手やオカダ・カズチカ選手のような海外移籍もあるので「嚙み合わせ」ではあるんですが、髙山選手が担っていたものは、なんかすごい深い意味でのプロレス愛だったのかなと。そう思うと、ゾクゾクさせられたんです。
鈴木 去年のEMPIREのパンフレットでしたかね、みのるさんが言ってたのは、髙山にとっては新闘魂三銃士の棚橋弘至、中邑真輔、柴田勝頼に関しては思い入れが強いと俺は思いますよと。
みのる「ずっと柴田のことを気にかけていたからね、あいつ。新日本プロレスの暗黒期を一緒に乗り越えたんだもん。髙山の中では棚橋、中邑、柴田は特別ですよ。あいつは言わないけど、横で聞いているとそう思います。あの時の新日本だけでなく、プロレス界を支えたのは髙山ですから。そこに出てきた新戦力が、その3人ですからね」
(2024年『TAKAYAMANIA EMPIRE』公式パンフレット)
鈴木 みのるさんからはそう見えたと。あの時代、どん底だった時代を一緒に生き抜いたわけじゃないですか。そこに対する思い入れを当然、髙山さんは持ってたでしょうし。3人ともそれに応える形でね、新日本をあれだけ飛躍させたわけで。

鈴木 いまその存在がいないっていうのはたぶん、同じような外の人がいない。しいて言えばKONOSUKE TAKESHITAになるのかな。
カク そうですよね。
鈴木 ただTAKESHITAも所属になったし、そういうポジションじゃない。今の世代の人たちと同世代としてやっていく立場だから。やっぱり世代的に上であって、簡単な言い方すると「外敵」な存在っていうのがいないっていうのが当時との違いでしょうね。だからといって、じゃあ外から誰かああいう存在を引っ張ってくるにしても、これといってね、それに見合う人っていないですね。
カク ちょっと難しいですよね。
鈴木 だから時代の趨勢って言い方されますけども、やっぱり時代が髙山善廣のようなプロレスラーを求めていただろうし、本当にそれにハマったカタチですよね。ノア、新日本、PRIDE、後には全日本まで行って。それこそ需要があったわけで。存在が求められたわけじゃないですか。それほどのメジャー団体で求められていたわけで、これはもうさっき言った通り、信頼、信用がなければ。「髙山にまかせれば大丈夫だ」って信用がなければ、そうはならないわけで。
カク うんうん。
鈴木 行く先々で信用を得たっていうのが実はめちゃくちゃものすごい実績なんですよ。チャンピオンベルトとか何々優勝とかいうよりも、この業界でやっていく中で、どこに行っても信用が置ける存在っていうのはすっごい価値であって、それをなしえた人間って、一時期の健介さんや、それこそみのるさんもそうですけど、自分の団体だけでやっていたジャイアント馬場、アントニオ猪木はもう当然、そういうシチュエーションにさえならなかったわけですから。なしえてないわけじゃないですか、団体の枠を超えて活躍するっていうのは。髙山さんはそれをやっちゃったわけですよ。それはプレイヤーとしてこの上ない勲章ですし。だからみのるさんがね、「出会ったときはあいつの背中を見てて、こんなに差があった」という…われわれから見たら横に並んでいる感じなんだけど、みのるさん本人に言わせると「はるかに髙山善廣が先を行ってる。俺はその背中を追い続けてきた」って、同じプレイヤーとして正直な受け取り方だと思ってて。みんながみんな、ああはなれないですからね。
[髙山善廣評伝 ノーフィアー 単行本(ソフトカバー) – 2025/3/15 鈴木健.txt (著)]
UWFインターナショナル、キングダム、全日本プロレス、プロレスリング・ノア、PRIDE、新日本プロレス、DDT、TAKAYAMANIA EMPIRE……。
〝プロレス界の帝王〟 の偉大なる足跡にレスラー、家族、関係者の証言から迫る!
「てめえが還ってくるまで俺はプロレスのリングで
おまえのことをずっと待っているからな!」
(鈴木みのる)
(取材協力者)
石原真/今田健一朗/大森隆男/金澤克彦/金子健/金原弘光/川田利明/小橋建太/佐久間一彦/佐々木健介/鈴木みのる/高木三四郎/髙山奈津子/男色ディーノ/296/宮戸優光/和田良覚 ※五十音順
第一章 帝王紀元前
第二章 UWFインターナショナル
第三章 全日本プロレス
第四章 プロレスリング・ノアからPRIDEに進出
第五章 プロレス界の帝王として
第六章 TAKAYAMANIA
エンドロール それぞれのノーフィアー
髙山善廣(たかやま・よしひろ)
1966年9月19日、東京都墨田区生まれ。湘南で学生時代を過ごす。20歳で第1次UWFの入門テストに合格するも、肩のケガで続かず。ライフセーバーとして働くが、夢を諦めきれずUWFインターナショナル(Uインター)に再入門し、1992年6月28日に金原弘光戦でデビュー。先輩や強豪外国人へ果敢に挑み、1995年10月9日に始まった新日本プロレスとの対抗戦で台頭する。Uインター解散後はキングダムを経て、全日本プロレスに参戦。総帥・ジャイアント馬場から高い評価を得て、のちに正式に所属となる。プロレスリング・ノアの旗揚げに参戦後は、フリーランスとして総合格闘技のリングへ。2002年6月23日のPRIDE.21におけるドン・フライとの壮絶な死闘は今なお伝説として語り継がれる。その後も恵まれた体格とアグレッシブな闘いぶりで人気を博し、GHCヘビー級王座、IWGPヘビー級王座、三冠ヘビー級王座、さらにはGHCタッグ、IWGPタッグ、世界タッグとタッグタイトルまですべて獲得し、日本国内3大メジャー団体を完全制覇。“プロレス界の帝王”の異名にふさわしい活躍を見せるが、DDTプロレスリングに参戦中の試合で頸髄完全損傷を負い、長期欠場へ。2024年9月3日の「TAKAYAMANIA EMPIREⅢ」でリングイン。鈴木みのるとの特別試合が組まれた。現在も完全復帰へ向けてリハビリに日々励んでいる。
鈴木健.txt

1988年9月~2009年9月の21年間、プロレス専門誌『週刊プロレス』にて編集記者、編集次長、同モバイル編集長を務める。現在はプロレス、音楽、演劇など表現ジャンルに関するフリーランスの編集ライター、コメンテーター、実況、MCとして活動。50団体以上のプロレス実況、解説を経験。読売日本テレビ文化センター恵比寿センター「鈴木健.txtの体感文法講座」講師。
【著書】
『髙山善廣評伝 ノーフィアー』(2025年/ワニブックス)
『プロレス きょうは何の日?』(2018年/河出書房新社)
『白と黒とハッピー~純烈物語』(2019年/扶桑社)
『純烈物語20-21』(2021年/扶桑社)
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