髙山善廣「だからリングに上がっている、ずっと僕は」 報道ステーション
髙山善廣の59歳の誕生日となった9月19日、テレビ朝日系列『報道ステーション』にて髙山、鈴木みのるへの取材番組が放映された。地上波テレビで全開となったノーフィアー節を映像で、文字で、感じていただきたい。
「彼(鈴木みのる)がああやって、『こうすれば髙山が動くんじゃないか』って…その気持ちが嬉しくて」
番組の“完全版”がYouTubeにて公開されている。
松岡修造さん 今回はプロレスラーの髙山善廣さんをお伝えします。もう髙山さんからですね、『修造、ノーフィアー!!』っていつも気合いを入れてもらってました。髙山さんと言うとプロレス界の帝王って呼ばれてますが、8年前ですよ。大怪我で首から下の自由を失いました。それでもなおリングを目指してプロレスラーとしてあり続けているその思い感じてください。
髙山善廣 (車椅子を奥さんの奈津子さんに引かれてスタジオに入る)お久しぶりです。
松岡 本当にご無沙汰しております。
髙山 もう何年ぐらいですか、もう。20年以上?
松岡 そうですよ、もう『ノーフィアー!! 修造』って言われながら。いや、懐かしいですね。
髙山 懐かしいですね。アホなことばっかやって、失礼なことばっかやってたよ。
松岡 いやいや、でもね、僕がノーフィアーっていう言葉、すごく気になってたんですよ。
髙山 はい。
松岡 で、これちょっと怪我をされる前ってことも含めて考えてもらいたいんですけど、恐れないって、ノーフィアーっていうことは、髙山さん自身は実はプロレスも含めて人生を含めて、いつも恐れがたくさんある人だったんだろうなってイメージしたんですね。
髙山 ま、そうですね。正直言って怖がりですね。
松岡 怖がり。
髙山 はい。
松岡 何が一番髙山さんにとって怖いことだったんでしょう。
髙山 今の僕の状態になってしまうことが一番怖かった。プロレスやって怪我して体が動なくなって自分の自由にならなくなっていうのが一番怖かった。
(2017年5月4日試合中に大けが。診断は頚髄完全損傷。首から下の自由がなくなる)
髙山 病院に運ばれて先生に言われたんです。『ちょっともう動けると思わない方がいい』って。言われたときは本当に目の前が真っ暗になりました。
松岡 辛い質問です、これは。『動けないよ』って言われたことはどう自分の中で解釈するんですか。
髙山 最初の聞いた瞬間、真っ暗だったんですけど、その後、他の病院に移ってからなんですけど、ある格闘家が、その方がやっぱり頚髄損傷して、だけどたまたま片手だけ動いたらしいんですよ。で、その片手動かし続けたら動くようになったって、その方は歩いて僕のことをお見舞いに来て励ましてくれたんですよ。
松岡 へえ。
髙山 そっからもう、全く感覚がなかったんですけど、どうにか手の握る感覚が出ないかと思って毎日手を『動け動け』って考えながらやって、そしたら何日目かに左手が実際は動かないですけど動く感覚はあったんですね。
松岡 じゃあもう一度復帰するんだと。もう一度立ち上がるって自分自身で思えた一番のきっかけっていうか、何がそうさせたと思ってますか。
髙山 (最後の試合は)搬送で無理やり降ろされてるから、自分で動いて『ありがとうございました』と皆様に頭を下げてリングを降りてプロレスラー人生を終わりたいんですよ。それが一番の望みですね。試合終了のゴングを鳴らしてもらって、お客様とカメラがいたらカメラの前で『今までありがとうございました』とちゃんと自分で言って、自分の足でリングを降りたいですね。
松岡 それは誰のためですか。
髙山 自分自身のため。自分自身のためですね。
松岡 誰も文句言わないですよ。もうここまでやってんだからリング立たなくても十分やってるじゃないですか。
髙山 自分が嫌なんです。自分の足でリングを降りる。でないと、リングに上がったら死んじゃうんじゃないかとか頚髄損傷したり大けがで動けなくなったりとか、そうやって終わっちゃうと思う人がどんどん出てきちゃうというか。これからプロレスラーを夢見る人が、希望を持てなくなっちゃうかもしれない。だからちゃんと『いや、大丈夫。諦めなかったらちゃんと自分の足でリングを降りられるようになるから』っていうのを見せて終わりたいです。
(リハビリの場面の挿入、奈津子さん取材)
松岡 奈津子さんが思う、このそばで見てて『諦めない』っていうことはどういうことだと思いますか。
奈津子さん 意思が強いです。一回こう決めたらそれに向かって頑張っちゃう人ですね。だから『俺はこの先体動けるようになるんだ』ってもう決めちゃってるので、本人の中でちょっとずつ変わってる。『俺は絶対立てるようになるんだ』ってずっと思ってらっしゃいますね。
(髙山取材場面に切り替わる)
髙山 最初は足なんかどこにあるかわかんなかったのが、足の裏ついてる感覚もあるし、モモもどこにあるかわからなかったけど、モモの血管に血が巡っている感覚もあるし、お尻も最近では、お尻の周りがそういう感覚が出てきた。本当にちょっとずつなんですけど、戻ってるっていう実感はあるんですね。諦めなければなんとかなる。諦めちゃったからここで終わったけど、諦めなかったらなんとかなるんだって。
(鈴木みのる取材場面に切り替わる)
松岡 TAKAYAMANIA(支援大会)をつくったこと、続けていくこと。なぜ自分の中で始めてみようと思われた。
鈴木みのる 最初は何かこうまとめて、その形にしていくのに何人かこう有志というか、ボランティアの人たちが集まったんで、やってこうねっていうだけのものだったんですけど、代表を『俺じゃない方がいいよ』って言ったのは覚えてますね。僕は別にどこのポジションにいたってやること一緒なんで…と思ってたんですけど。
松岡 はい。
みのる 今回、髙山と奥さんの方から『ぜひやってくれ』と言われたんで『じゃあしょうがねえな』と(笑)。まあ責任持ってやろうと思って。
松岡 昨年のイベント、リングに上げるっていうことも、少しお話あったのかもしれませんけども。
みのる 最後に上がって挨拶してもらおうっていうのはありました。タイムスケジュール的にはありました。で、体調が良ければ会場に来れる。それがわかるのが午後の2時ぐらいだって言われてたんで、そこで会場来るか来ないかわかると。で、2時になって『会場行けるようになった』って聞いて『やっちゃうか』と思って、ちょっと仕掛けました。
松岡 仕掛けた。
みのる はい。あいつに。
(2024年9月3日、TAKAYAMANIA大会。7年4か月ぶりリングに奇跡の降臨。髙山取材場面に切り替わる)
松岡 TAKAYAMANIAに関して、昨年はもともとリングに上がるって知らなかったんですか。
髙山 上がるつもりはなかったです。
松岡 なかった。
髙山 最後まで裏でこの車椅子に座っていられるかどうかわかんないんで、もう途中でああダメだって帰ったかもしれないんで。
松岡 TAKAYAMANIAのときに鈴木みのるさんが『かかってこいオラ』と。あのときどう捉えました?
髙山 あれを言われたとき、本当にこれで立ち上がってぶん殴ってやりたかったです。彼(みのる)が憎いんじゃなくて彼に『ありがとう』って言ってぶん殴りたかったです。本当に立ち上がれない自分が不甲斐なかったし、今修造さんが鈴木みのるの真似しただけで、もう泣きそうになってるし、パフォーマンスができなくて、僕がこうなった後ずっと支えてくれてる人なんで、すごく彼がああやって、『こうすれば髙山が動くんじゃないか』って考えてやってくれたと思うんですよ。その気持ちが嬉しくて、本当、奇跡的に立ち上がって『ありがとう』ってぶん殴りたかったですね。
松岡 いや、僕見てて高山さん動いてるように見えたんですよ。
カクトウログ撮影写真より


髙山 震えはしたんですね。本当震えたんですよ。『動こう動こう』と思って、震えてる自分はわかったんですけど、やっぱ立ち上がるまで行かなくて。
松岡 嬉しさとありがとうって思いと悔しさと、いろんな思いがやってきたんですね。
髙山 それでなんとかなんとか立ち上がりたかったですね。
(みのる取材場面に切り替わる)
松岡 どうして鈴木さんがああいう行動を取られたのかなって。『立ってかかってこいよ』って言われた。あの言葉に一番髙山さんは刺さった。
みのる 髙山がちょっとポロっと言ってたことがあって、『なんかわかんないけど何か、なんか刺激あったら俺なんかもっと良くなるような気がすんだよな』ってポロっと言われたことがあって。髙山にとっての刺激なんだろう。試合だなと思って、試合させよう。これが一番です。
松岡 ある意味(本人は)悔しくてしょうがないわけですよ。
みのる はい、悔しがらしてやろうと思ってやったんで。『ほら来いよ。立てんなら立ってみろ』としか思わなかったんで。たぶん周りの人みんなが思ってるような人物では僕はないので、リングで起きたことを、あのまんま全部100%本気でやってるだけなんで。もう次は殴り合うんで。はい、その瞬間を待ってますね。
松岡 はい。
みのる いいです。世の中の人とか、常識とか、世界の医学とか…全てが別に見放して諦めても大丈夫です。俺は待ってるんで。もう約束しちゃったんで。だから俺も引退できないです、あいつが立ち上がって殴りに来るまで、はい。
松岡 約束なんですね。
みのる はい。ま、殴らせないですけどね(笑)。
(髙山取材場面に切り替わる)
松岡 去年ファンのみなさんを目の前にして、何か自分の中でこう刺激、変わってきたことありますか。
髙山 あ、俺って愛されてるなって。
松岡 いいじゃないすか、いいじゃないすか!!
髙山 俺ってやっぱりみんなの帝王だったんだなって。これちょっと生意気なんですけど。本当になんか愛されてる熱量を本当に感じました。本当にこれはありがたいことで本当に嬉しかったですね。
松岡 髙山さんはプロレスラーとして一番大事にしていることは。プロレスラーの定義はありますか。
髙山 やっぱプロレスラーはすごいなと思わせて終わること。だから僕は立ち上がってリングを降りたいです。
松岡 不可能を可能にする、まさにノーフィアーですね。
髙山 はい。それはま、お医者さんが言うには、医者が言うには、無理かもしれないっていう、まあはっきりは言わなかったけどほぼ無理だって言ったんですけど、それでも諦めずに向かってくしかないと。挑む姿勢を貫くことがプロレスラーでありノーフィアーだと。だからリングに上がっている、ずっと僕は。今の状況と僕はずっとプロレスで闘っているって感じですね。
松岡 今でも闘ってるんですね。でもそれは、いますよね、髙山さんの中いますよね。『もう、もういいだろう』って。『諦めてもいいだろう』って。
髙山 まあそうなったら普通の人なんです。俺はプロレスラーだから、そうじゃダメだっていう思いで。
(独自取材)鈴木みのる「そもそも組めない」 WWE交流中ノアとAEWが交わった舞台裏
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【👆帝王応援インタビュー👆】
鈴木みのる「そもそも組めない」 WWE交流中ノアとAEWが交わった舞台裏#鈴木みのる #TAKAYAMANIA
「KENTAと柴田が仲がいい・悪いじゃなくて」。帝王と今年も対峙「あいつはわかってくれてる…それで俺は十分」 pic.twitter.com/IOEg4fAxRr
— KAKUTOLOG📶プロレス/ボクシング/MMA/格闘技カクトウログ (@kakutolog) September 15, 2025
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コエトドケ。《 継続寄付停止などの申請 》
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