藤波辰爾「夢を売る商売だから」 前IWGP世界王者ザックにドラゴン殺法
14日、ドラディションが『DRADITION 2025 DRAGON EXPO 1995 〜無我』後楽園ホール大会を開催した。
「71歳vs.38歳」対決で貫いた『無我』とは? 藤波「無我夢中でね。まずコンディションありき」
<メインイベント〜スペシャルシングルマッチ〜 60分1本勝負>
●藤波辰爾
9分42秒、ザックドライバー→片エビ固め
〇ザック・セイバーJr.(新日本プロレス)
本当に実現したんだというゾクゾク感。藤波とザックが握手。

何度も見てきた、藤波のクルッと丸め込むテクニック。

まんまと決められたザックは苦笑い。

当サイトカメラの目前で満を持してのドラゴンスクリューから…

足4の字、そしてドラゴンスリーパー。しかしこの後、ザックが体勢を入れ替えてザックドライバーで勝利となる。

藤波はもちろんかつてのトップ選手ではあるが、「71歳vs.38歳」対決でもある。どこまで渡り合うかは未知数だったが、繰り出されたドラゴン殺法に後楽園ホールは歓喜した。
この高揚感のまま、記者陣がバックステージで問いかける。藤波にとっての無我とは? 藤波は「仏教用語でもあるんだけど、我はなくっていう、もう無我夢中でね。カール・ゴッチもそうだったけど、まずコンディションありき」とし、無我夢中と肉体維持が表裏一体にあると説く。一方で「これは逃げになりますけどね、自分の今、右足が力が戻ってないんでね縄跳びとか走ったりとかコンディションもうちょっとつけたいんだけど」と悔しがった。

来年のデビュー55周年については「猪木さんを筆頭に僕らは夢をね、売る商売だから。自分の体力の限りリングに立ちたいなあと。引退の2文字は見えません」とも。この日はリング上で1・2・3・ダーのポーズも見せた藤波だが、ここにあるのは「世代を代表して闘う」「努力して続けられる状態にあるならそれを諦めない」という精神だった。
時代が移り変わっても、ドラゴンに息づくネバーギブアップ。忘れ物を取りに来たようなオールドファンで満員になるのも納得のドラディション興行は、この日も揺らぐことはなかった。
(藤波総括)DRADITION 2025 DRAGON EXPO 1995 〜無我 11月14日(金)後楽園ホール

(マイク)
ザック「フジナミさん、今日は本当に本当にありがとうございました。(以下英語)16歳でデビューしてこんなに感激したことはなかったです。ありがとうございます。(再び日本語で)来年(藤波デビュー)55年、モウイッカイヤリタイ」
藤波「今日はどうもありがとうございました」英語でザックと少しやりとり。
(バックステージ)
試合を終えて。
藤波「ホッとしましたね。この足がどこまで持つかねっていうのと、まあ相手が相手なんでね。彼は自分の半分も出してないと思うんだよね。興行の切れ目に闘えてよかったんだけど、もっと自分がね、これはもう『たられば』だけど、もっと自分もいい時にね、できてたら。うーん、うまいね。引き出しをいっぱい持っててね。彼は本当に引き出し1つ2つしか開けてないんじゃない? まあ彼のレスラーとしての夢を叶えてあげられたっていうのがよかった。まだ現役としての夢があるんでね。その夢をどうしても叶えるまでは現役続けていきたいなという。そういう意味ではザックに本当に感謝ですよ。欲を言えば西村(修)が立っていてくれればなって」
これだけの年齢でこの試合。
藤波「西村がちょっと手助けにしてくれたんですよ。藤波さんちょっと動きましょうっていう感じでね。ケツを叩いてくれた」
ザック選手が試合後に「もう一回」と。
藤波「ね? それはリスペクトなのか、サービスなのか。嬉しかったね。ちょっとこれ次に目標がまたできたかな」
新日本のトップ選手とシングルマッチが続いた。
藤波「やっぱり第一線でやってる、特に新日本というトップの中でやっているというのは簡単ではないですよ。今は自分は声を大にして言えるんですよ。彼らと対峙したんでね。対戦する前はどうしても自分たちのモノサシで人のことを喋ってしまうんだけど、何事も自分のカラダを通して闘ってみることだね。本当に素晴らしい選手、まだまだいっぱいいるでしょ。そういうものは僕にとってもありがたいことだけどね」
改めて『無我』っていうのは。
藤波「仏教用語でもあるんだけど、我はなくっていう、もう無我夢中でね。カール・ゴッチもそうだったけど、まずコンディションありき。これは逃げになりますけどね、自分の今、右足がどうしてもやっぱり半分も多分まだ感覚であったりとか力が戻ってないんでね。これが両方とも同じような感じでやったらね。縄跳びとか走ったりとかコンディションもうちょっとつけたいんだけど」
来年のデビュー55周年。これ以上の試合を期待してしまいますが。
藤波「誰かがどっかでね意地を張らないと。猪木さんを筆頭に僕らは夢をね、売る商売だから。そういう意味では自分の体力の限り。今日はありがとうと言われたけど、こっちがありがたかった。自分の体力の限りリングに立ちたいなあと。引退の2文字は見えません。いやでもうまい、彼は。なんか昔の…スティーブ・ライトって覚えてます? なんかこう似通った感じでね」
2001年、藤波辰巳(後に辰爾)が新日本プロレス内で旗揚げした“伝統的なプロレス重視”を掲げたのが『無我』である。藤波が新日本を離れた後も、無我ワールド(2005)、無我ワールド・プロレスリング(2006〜)として藤波が主宰し、西村修(2025年2月28日に亡くなる)が主力として参戦した。

(大会結果)DRADITION 2025 DRAGON EXPO 1995 〜無我 11月14日(金)後楽園ホール
■DRADITION 2025 DRAGON EXPO 1995 〜無我
日時:2025年11月14日 金曜日 17:30開場 / 18:30開始
会場:東京・後楽園ホール 観衆1473人(満員/主催者発表)
<第1試合30分1本勝負>
〇MAZADA(フリー)
5分1秒、首固め
●竹村豪氏(フリー)
<第2試合30分1本勝負>
〇田島久丸(フリー)
4分44秒、アルゼンチンバックブリーカー
●三州ツバ吉(銀座プロレス)
<第3試合30分1本勝負>
●倉島信行
8分6秒、ラリアット→片エビ固め
〇小島聡(新日本プロレス)
<第4試合30分1本勝負>
▲越中詩郎(フリー)
5分48秒、両者反則
▲黒潮TOKYOジャパン(プロレスリングアップタウン)
<第5試合30分1本勝負>
〇船木誠勝(フリー)
10分13秒、ハイブリッドブラスター→片エビ固め
●AKIRA(MAKAI)
(バックステージ)
船木は2018年9月30日、エディオンアリーナ大阪第2『甦ったサムライ 船木誠勝デビュー33周年記念大会』での3選手と33分3本勝負で対戦している。そのうちの1人がAKIRAだった。
船木「そうだ7年ぶり。前座のとき野上さん(AKIRA)が2番目に自分と試合を多くやった。一番多いのは破壊王(橋本真也)です。2番目に多い先輩だったんで。いつやっても昔に戻れる」
コメントブースにAKIRAが現れる。
船木「7年ぶりだそうです。(AKIRAにも前座試合数トップ2の話をする)3番目は佐野さん(当時の佐野直喜)でした」
AKIRA「(かつての新日本のグラウンド攻防)いやあ面白かった。最近のプロレスとは違う流れでね」
<第6試合30分1本勝負>
●LEONA
10分37秒、弾道→片エビ固め
〇征矢学(プロレスリング・ノア)
(バックステージ)
LEONA「今日は征矢さんとこうしてレスラーになって『無我』のリングで向かい合えた。あのときの自分を思い出すと感慨深い。10年間、藤波辰爾と一緒に歩いてきたけれども。そこの責任を全うしようと頑張ってきたけれど。そろそろ次のステップ。次の自分の責任を果たしたい。今日は改めてそう感じました。ありがとうございました」
<セミファイナル 45分1本勝負>
●長井満也
13分11秒、リバースナガタロックⅢ
〇永田裕志(新日本プロレス)
<メインイベント〜スペシャルシングルマッチ〜 60分1本勝負>
●藤波辰爾
9分42秒、ザックドライバー→片エビ固め
〇ザック・セイバーJr.(新日本プロレス)















